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3月8日は国際労働婦人節です。

婦人節のしるし

婦人節のしるし

3月8日は「国際労働婦人節」です。

1909年3月8日アメリカのシカゴの女性労働者たちは、自由と平等や一日8時間労働制、賃金の引き上げなど、政治と経済の権利を求めるため、大規模なストライキとデモを敢行し、世界の女性労働者たちから大きな反響と支持を得ました。

1910年8月第二回国際社会主義女性代表大会で決議が可決して毎年3月8日は「国際労働婦人節」と決まりました。

1977年の第32回国連総会では、3月8日を「国連女性権益と国際平和の日」と正式に決定しました。

 中華人民共和国成立後、中央人民政府政務院は1949年12月に毎年3月8日を中国の「婦人デー」と決定しました。

新中国の成立で徹底的な解放を獲得した中国の女性たちは、国や社会の事務に平等に取り組むことができるようになり、中国の国の建設や社会の発展に大きな貢献をしました。

「国際労働婦人節」は中国では「三八婦人節」や「婦女節」や「三八節」といい、18歳以上の女性の祝日となっています。

この「婦女節(三八節)」の日は、女性労働者は半日休みとなります。

3月5日は中国人民解放軍模範兵士「雷鋒」に学ぶ日

中国人民解放軍模範兵士「雷鋒」

中国人民解放軍模範兵士「雷鋒」

「雷鋒(らいほう、1940年12月18日 - 1962年8月15日)」は、中国人民解放軍における模範兵士とされる人物です。

「雷鋒」は湖南省長沙出身で、児童団や少年先鋒隊に入り活動。

1957年には中国共産主義青年団に入り、中国各地の農場や工場で作業するなどの奉仕活動を続けます。

1960年人民解放軍に入隊し、輸送隊に配属されました。

1962年8月15日、遼寧省撫順で殉職しました。

死因は電柱を輸送中のトラックを立て直す作業中、頭を強く打ち享年22歳で死亡しました。

「雷鋒」死後、毛沢東などの共産党指導者の言葉を引用した日記が「発見」され、彼は軍人の思想的モデルとして大きく取り上げられるようになりました。

1963年3月5日に毛沢東によって、「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」運動が始まりました。

このスローガンは文化大革命中、各種新聞や学校の教科書で盛んに用いられ、彼は模範兵士として、また無私の象徴として祭り上げられました。

その後も、今日に至るまで政府のキャンペーンで何度も用いられており、3月5日は「雷鋒に学ぶ日」として学生たちが公園や街路などの掃除をする日となっています。

また出身地の長沙と殉職地の撫順では「雷鋒紀念館」が開設されています。

瀋陽の地下鉄の運賃法案が制定しました。

瀋陽の地下鉄

瀋陽の地下鉄

瀋陽の市民が注目する地下鉄は、今年2010年10月31日に運営が開始する可能性が高いようです。

運賃の最低価格は2元を予定しており、8キロメートルを超えるごとに1元増加するようです。

地下鉄の運行時間は、始発電車が5時頃から運行し、最終電車は22時頃に予定されています。

これは、中国瀋陽の街が朝早くから動き出し、夜は早い時間に街が静まる瀋陽の街の情勢が伺えます。

瀋陽市第十四期人民代表大会第三回会議で、瀋陽地下鉄集団有限公司の理事長が記者に重要なメッセージを伝えました。

瀋陽の地下鉄は都市公共交通の重要な一部として、合理的な切符価格を制定するのが乗客と都市の発展に対して重要な意味と深い影響があるとしています。

瀋陽の地下鉄運賃が公益定価の原則を主張して、地下鉄は公共事業なので、住民の利害を考え運賃の価格が高くなく、また地下鉄自体の運営コストの投入も考えなければならず、瀋陽の地下鉄の運賃の方案を引き出すためによりよいコストの計算をしています。

総合的に公益サービスの範疇、消費レベルなどたくさんの問題を考え、瀋陽地下鉄管理部門が運賃の方案を制定しました。

当方案は、意見を収集した後、対外的に実行するようになります。

瀋陽の地下鉄の運賃は、乗車駅から8キロメートル圏内であれば運賃は2元で、その後8キロメートルを超えるごとに1元ずつ増加します。

瀋陽の地下鉄一号線の全行程は、約22キロメートルですので最高運賃は4元となり、2元3元4元の3通りの運賃設定となります。

更に、市民が便利に乗用することができるように、瀋城の地下鉄は定期券及び老人、障害者、児童などに特恵の切符を出すようです。

旧暦一月十五日は中国の「元宵節」

元宵節

元宵節

「元宵節」は中国の伝統的な祭日で、お正月の望の日(満月の日、旧暦一月十五日で日本でいうところの小正月にあたる)を祝う中国での習慣です。

今年、2010年の「元宵節」は、新暦でいうと2月28日にあたります。

お正月は元月とも言われ、元月の最初の宵(夜)なので「元宵節」と命名されました。

他にも「元節」や「提灯祭り」とも言います。

過年は「元宵節」を迎えて春節が終了する重要な一日となっています。

この春節後の最初の満月の夜に灯籠を飾って見物して、一家団欒をして共に祭日を祝います。

「元宵節」の夜に、灯篭を飾って見物するので、この日を「灯節(灯篭祭)」とも称されています。

「元宵節」には長い歴史があり、この日の夜はどの家の門の前にも灯篭が掛けられています。

この「元宵節」のお祭りについては、ある伝説が言い伝えられています。

紀元前180年西漢の時代の皇帝漢文帝は、正月の15日に皇帝の座に上りました。

この行事を祝賀するため、漢文帝はこの日を提灯祭りにしました。

毎年この日の夜、漢文帝は宮殿を出て、庶民達と一緒に楽しく祝い、どの家も様々な形の灯篭をかけて楽しく祭日を過しました。

その後紀元前104年頃から「元宵節」は国の盛大な祭りとなり、今日まで伝わってきました。

元宵節の提灯

元宵節の提灯

元宵節の提灯

元宵節の提灯

元宵節の提灯

元宵節の提灯

「元宵団子」は中国三大祭りの食品の一つで「湯円」とも呼ばれていて、「元宵節」にはあんが入ったお団子・元宵を食べる習慣があります。
 

宋の時代(およそ紀元960年から1279年の間)、民間では元宵が流行し始め、この元宵にもち米にさんざしやごま、小豆、なつめなどで作ったあんを入れて作られた美味しいお菓子を食べます。

「元宵団子」こと「湯円」

「元宵団子」こと「湯円」

「元宵団子」こと「湯円」

「元宵団子」こと「湯円」

「元宵団子」こと「湯円」

「元宵団子」こと「湯円」

現在では「元宵節」に灯篭を飾って見物したり元宵を食べたりするほか、多くの祝いイベントも催され、集団舞踊の龍が舞いや獅子踊りなども披露されます。

瀋陽の幻想的な綺麗な霧氷の世界

 2月25日の朝、目を開けて新しい日を迎えました。

窓の外から強い光が窓を通して部屋に入ってきました。

窓を開けて外を見ると、水晶のようなまばゆい世界が目の前に現れました。

前日の夜に雹のような大粒の雨が降ったため、木の枝、軒先、屋上など全てキラキラと霧氷を形成しました。

童話の世界に入ったような水晶の街・・・この綺麗な景色をゆっくりと楽しみました。

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

瀋陽の幻想的な樹氷

霧氷(むひょう)は氷点下の環境で、空気中の過冷却水滴や水蒸気が樹木やその他の物に衝突して凍結もしくは昇華することでできる、白色~無色透明の氷層の総称の事をいいます。

自然現象の着氷現象の事です。




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